「メンバーの成長はリーダーの責任」という重荷

「メンバーを成長させるのがリーダーの役目だ。」
多くの組織で、当然のように語られる言葉です。
確かに、育成はリーダーの重要な仕事のひとつです。
しかしこの言葉が、いつのまにか
“すべてを背負う責任”という重荷になってはいないでしょうか。
メンバーが伸びないのは自分のせい。
成果が出ないのは育て方が悪いから。
そう思い詰めてしまうリーダーは少なくありません。
今回は、この「育成責任」という前提を問い直してみます。
なぜそれは重荷になるのか
「成長させる」という言葉の裏には、
リーダーが主体で、メンバーが客体である構図があります。
- 教える側/教えられる側
- 育てる側/育てられる側
- 上から与える人/受け取る人
この関係が強くなるほど、
リーダーは「なんとかしてあげなければ」と抱え込みます。
その結果、
- 過干渉になる
- 細かく指示を出しすぎる
- 失敗させないように先回りする
そして皮肉なことに、
メンバーの自律性は弱くなっていきます。
成長は「させる」ものではない
本来、成長は他者が与えるものではありません。
本人の内側から起きる変化です。
リーダーができるのは、
- 挑戦の機会を用意すること
- 安全に失敗できる場をつくること
- 振り返る対話を支えること
つまり、
成長そのものではなく、成長が起きやすい環境を整えることです。
この視点に立つと、
責任の意味が少し変わってきます。
「結果責任」から「環境責任」へ
重荷になるのは、
リーダーがメンバーの“結果”まで背負おうとするからです。
しかし本当に担うべきなのは、
- 挑戦できる仕事設計になっているか
- フィードバックは機能しているか
- 心理的に萎縮する空気はないか
といった、環境への責任です。
成長の主体はメンバー。
リーダーは、その可能性が動き出す土壌を耕す人。
ここを分けて考えられるようになると、
肩の力が抜けます。
育成を「コントロール」しない
「育てなければ」と思うほど、
人は無意識にコントロールしようとします。
- こうすれば伸びるはず
- この順番で経験させるべき
- このタイミングで指摘すべき
もちろん設計は大切です。
しかし、人の成長は予測どおりには進みません。
むしろ、
- 予想外の失敗
- 本人の違和感
- 偶然の出会い
そうしたものが、成長のきっかけになることも多い。
リーダーの役割は、
成長を設計しきることではなく、
変化が起きたときに気づき、意味づけを支えることです。
リーダー自身も「成長の途中」にいる
もう一つ大切なのは、
リーダーもまた未完成であるという事実です。
完璧な育成者であろうとすると、
自分の弱さを見せられなくなります。
しかし実際には、
- 自分も試行錯誤していること
- 迷いながら関わっていること
- 失敗から学んでいること
それを率直に共有する姿勢が、
メンバーにとっての大きな学びになります。
育成は一方向ではなく、
相互作用のプロセスなのです。
まとめ:「背負う」から「支える」へ
「メンバーの成長はリーダーの責任」
この言葉を、そのまま抱え込む必要はありません。
リーダーが担うのは、
誰かを変える責任ではなく、
変化が起きやすい場をつくる責任。
背負うのではなく、支える。
管理するのではなく、関わり続ける。
そのスタンスに変わったとき、
育成は重荷ではなく、
チームで分かち合う営みになります。
リーダー自身への問いかけ
あなたは、メンバーの結果まで背負い込んでいませんか?
いまの環境は、挑戦と対話が生まれる設計になっていますか?
あなた自身は、学び続ける姿を見せていますか?
